▼国王SUNKINGさんの記事

2008年06月25日

第一章

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望遠鏡の中でジョンがマイクに向かって歌っている。僕は友達に借りた(双眼鏡ではない)望遠鏡を持っていっていたのだ。といっても、大袈裟な物ではなく、直径5センチ位のよくある「万華鏡」とどっこのやつだ。その5センチの中のほぼ半分の大きさでジョンの横顔が「ロックン・ロール・ミュージック」を歌っている。30年以上たった今でも、そのジョンの左横顔を鮮明に覚えている。どんな「万華鏡」の模様よりも。

もしかしたら、僕はジョンが一番好きなのかも知れない。ポールが少し上向きかげんで「シーズ・ア・ウーマン」を歌っている顔も、ジョージがちょうどこちらを向いた時の大真面目な顔も、ずっとうつむきかげんでドラムを叩き続けていたリンゴの髪の毛が揺れていたのもちゃんと覚えているのだが、ジョンの横顔を一番鮮明に覚えているのだから。ビートルズは4人でビートルズと思っているつもりなのだけれども…。

僕の座った [東スタンド 2階 B列 40番]はステージから見て、ほとんど左真横だった。だから、ほとんどメンバーの左横顔ばかりをみていたということなのだが、おかげで、あの後ろに立てられたTHE BEATLESと電飾で縁取りされた大きなボードの真ん中下に、四角く切られた口があるのが見え、そこから出てきた4人、ステージの後ろの階段を駆け上がる4人、の姿をしっかりと見られたという幸運に恵まれた。1966年7月2日 (土曜日) 午後7時30分、頃だ。僕はその頃、腕時計なんぞ持っちゃいなかった。腕時計がステイタスだった時代だ。だから、7時30分、頃だ。4人がステージの上に立った。

後ろの切り口から4人の姿が見えた時から、喚声、金切り声、悲鳴「ジョン」「ポール」「ジョージ」「リンゴ」の呼び声が入り交じってあがり、それから35分間、静かになんてなりゃしなかった。チューニングが始まると一層大きくなった。通路という通路にずらっと座り込んだ警官がしかめ面をしながら耳をふさぐ。だが、まだまだ・・・ジョンがマイクに向かった。ギターが鳴る。「チュテミイザモザロックンロールミューッジック」最初のピークだ。武道館が音の洪水で埋まる。音楽と喚声、悲鳴とで。そんな中で、ようやくおびえがとれた僕は(そう、僕はおびえていたのだ。まだ14才、中学1年だった)望遠鏡を取り出した。小さく小さく5センチ位にしか見えなかった4人をできるだけ大きく見るために。まずは、一番近くにいるジョンだ。
 
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第二章

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「じゃじゃじゃん」
だいぶはしょられた「ロックン・ロール・ミュージック」が終わる。今でも、何故フルコーラス演ってくれなかったんだろう、と思う。間を置かず「シーズ・ア・ウーマン」が始まった。おびえはだいぶおさまってきていた。なにしろ、一緒に来た友人とは席が遠く離れ離れ。周りは年上のおねえさん(?)たちばかり。当然、僕はまだ童貞だった(ん?関係ない?)。おまけに、前座が終わって、ビートルズ登場というところで警官たちが通路という通路に入り込んできて座り込んでいる。その警官たちが、E.H.エリックが出てきて「それでは…」とアナウンスし始めた時、最前列、僕のすぐ前、の女性たちが紙の横断幕を広げた瞬間、「ダメだ・・ダメだ」と横断幕を破り、むしりとる。泣き始めた人もいた。もっとも、その人たちも4人分の椅子に5人座っているというワザをやってのけてはいたが。そんな中で、僕は、心細く、チンと座っていたのだ。

短めながら、熱唱の「シーズ・ア・ウーマン」が終わるとポールがそのまま次の曲の紹介に入る。「Thank you..Do-Mo !」あの「ザ・バーズ」の「リムニーの鐘」からヒントを(?)得たというギター・リフが響く(あとから知ったことだけどね)。先の2曲より、少し控えめな喚声があがる。隣の女性がちらちらと僕の望遠鏡を見ているのに気が付いた。その人も双眼鏡を持ってきてはいたのだが、僕は黙って望遠鏡をさしだした。その人は、「恋をするなら」が終わるまでずっと、望遠鏡を覗いていた。ジョージのファンだったのかもしれない。曲が終わると、「ありがとう。すごく大きく見えた」と返してくれた。丸い、5センチの、大きな世界が、その人の記憶に今でものこっていてくれたらうれしいのだけれど。

そんなこともあって、少し気持ちに余裕の出てきた僕はステージから目を離し、向かいの客席を見上げた。あれ?もうコンサートが始まってるのに上のほうがスカスカだ。見まわすと、全体的に2階席の後ろのほうの密度がうすい。みんな前へ…。これるはずがない。親や学校に止められて、来れなかった人がたくさんいたんだろうか?でも、上のほうばかりだ。ビートルズって、僕らが仲間内で騒ぐほど、世間が騒ぐほど、人気があるわけじゃないんだろうか。でも、追加公演を2回も…。それにこの公演は追加公演じゃないのに…。僕の応募したハガキは全部はずれたのに…。

[このスカスカ状態については、竹中 労 さんの編集した「ビートルズ レポート」に詳しく書かれている。まだ、売っています。原宿の「GET BACK」にもあるのを見ました。ただ、読んでいない方にお薦めはしません。ファンの立場から読むと、絶対、怒り、吐き気をもよおすと思うから。僕もこの本を読んで、何故、ビートルズを好きでもない同学年の男が、コンサートを観た感激を、コンサートの半券を見せびらかしながら周りに話していた友人と僕に「何だ、そんなもの何枚も持ってるよ」と本当に切り取られていないB席券を見せつけてきたことがすごく、頭にきながら、納得できた。]そう、僕の出した ライオン油脂 へのハガキは全部はずれたのだ。

さて、では、どうやって…。一緒に行った友人、そいつから買ったのだ。その友人は、いわゆる、羽振りのいい町工場の社長の一人息子。こずかいは我々の標準よりたくさん持っていた。あるアーティストの公演を観にいくと優先的にビートルズの公演の券を手にいれられる、という抱き合わせ販売のものを2公演見に行っていて、2枚分の権利を手にいれていたのだ。僕はそこに突っ込んだ。運良く、その友人も7月2日しか行けないということだった。2100円の券を2500円ということで話しがついた。今から思うと信じられない安いプレミアだが、その当時は、400円でシングル盤が買えたのだ。僕にとっては大出費だった。「いいよ、君に売るよ。○○君や××君からも、欲しいって言われてるんだけどね」今思うと、貧乏職人の末っ子が一所懸命ビートルズを聞いているのに同情してくれたのだろう…。

「Single over here,..Maybe,..this song called…」ジョンがゴリラのまねのような、胸を叩くおどけた仕草をしながら曲の紹介をしている。「デイ・トリッパー」だ。いままでより、もっとこもった音でイントロが始まった。
 
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第三章

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時・1966年6月25日(土曜日)
登場人物・B40&H18(一緒に行った友人)
場所・H18の部屋(六畳間)

二人とも、応接室のお古のソファにふんぞり返って座っている。前には、足付きハイファイ・ステレオがある。蓋が上に開く、そう、あの、いにしえのタイプだ。

H18「B40、きたないよな。手、上げないんだもん」
B40「だって、まだチケット持ってないもん」
その日の朝のホーム・ルームで、先生からのお達しがあったのだ。
先生「この中で、ビートルズの公演に行く者はいるのか?手を上げろ」

クラス全員の目がH18に集まる。H18は、その頃すでに、ほとんどビートルズ・ヘアでビートルズを聞きまくっているというのはクラス中に知れ渡っていた。H18はしぶしぶ手を上げた。

先生「やっぱり。頭も似てるしな。床屋へ行って耳出してこい。で、学校の方からは、ビートルズの公演には行かないようにということだ…もう、切符を買ってしまったのか?」
H18、頷く。
先生「ウム・・・ま、おとなしくしてろよ」

その頃、ビートルズを好きで聞いていると公言している人間は少なかった。そう、「不良」と噂されるからだ。実際、僕のクラスでビートルズを好きで聞いているのは41人中3人しかいなかった。僕と○○君とH18だ。僕と○○はいわゆる坊っちゃん刈り、公言はしていなかった。それに、僕はまだH18からチケットを譲ってもらっていなかったのでしかと、したのだ。

H18(以下 H)「わかったよ、はい」
と渡してくれたのが[Bの40番]の席のチケットだった。
B40(以下 B)「そっちはどこらへん。[一階 南側 H列 18番]?」
H「一階の大体ど真ん中。でも、そっちの方がステージに近いよ」
B「うーん」不満はあったが、これはしょうがない。
H「どんな曲演ってくれるだろうね」
B「ヒット・パレードだと思うけど」
H「うん、去年のアメリカ公演の時もそうだったみたいだし・・・
  オープニングは何だろう…」
B「[ヤア!ヤア!ヤア!]だったら、一番派手だけどね」
H「うん。ラストはどっちだろ。
 [のっぽのサリー]か[アイム・ダウン]」
B「僕は[のっぽのサリー]のほうがいいな」
H「ジョージは・・・」
H・B同時に「[ロール・オーバー・ベートーベン]」(笑)
H「しかないよね」
B「あはははは」
H「リンゴは?」
B「[彼氏になりたい]か[ボーイズ]」
H「うん。リンゴ歌へただから、どっちかになっちゃうよね」
B「あと、なんだろね。」
H「[ヘルプ]は演ると思うよ」
B「[涙の乗車券]演ってほしい」
H「[イエスタデイ]は演らないだろな」
B「うん、弦楽四重奏がないとね。まさか、
  連れてこないだろうしね」
  あっ、そうそう。高崎一郎が[ベイビーズ・イン・ブラック]
  演るかもしれないって、あれでかけてた。
  [JUN プレゼント アワー ザ・ビートルズ]
  あの、西銀座のサテライト・スタジオでやってるやつ」
H「まさか・・・。日本初めてなんだから、
 [シー・ラブズ・ユー]とかヒット曲並べてくれると思うよ」

結果は、皆さんご存じのとうり、「ヘルプ」も「ヤア!ヤア!ヤア!」もない、その当時の日本のファンのイメージからすれば地味、マイナーな選曲で「デイ・トリッパー」なんか誰も予想していなかった。後になって、日本公演は、その夏のアメリカ公演のウォーミング・アップ・コンサートだったということがよく知られるようになったのだが。バカにされたような…とは思うものの…その当時の状況から考えてみると…ま、いろいろ複雑です。

で、アメリカ人に対する選曲という目でみてみると、なるほどと思う選曲なのです。見事に、アメリカでの比較的新しいヒット曲を並べてきていたのだった。

ここで、今回これを書くために日本公演の曲目をじっと、睨んでいたら浮かび上がってきた現在の僕なりのコメントを。

☆「Rock And Roll Music」
これだけは例外で、日本人の為の選曲だったと思う。 ビートルズはその国で一番流行った曲をトップに 持って来る、という話しを聞いたことがある。 それを信じる。コンサートのトップそのものにふさわしい曲でもあったのでアメリカでも、そのまま演ってしまった、のだろう。

☆「She's A Woman」
全米4位。ビートルズのヒット曲群の中でチャート4位までというのは目立たないけれど、たとえば、他のアーティストにしてみれば、全米ベスト10に入るというのは快挙になると思う。しかも、B面で。

☆「If I Needed Someone」
さて、今回はジョージには何を歌わせるべぇ。そこで、ジョージは自分からこれを演りたいと言ったのだろう。新しく、自分で作った曲を。曲の出来もよろしい、よかろう、と皆のO.K.が出た。こんなところだろう。

☆「Day Tripper」
全米4位だ。不思議はない。でも、当時日本では圧倒的に「恋を抱きしめよう」のほうが人気があった。シングル・ジャケットにも左側に「恋を…」右側に「デイ・トリッパー」と書かれて発売された。横書きなら当然左から読むから、「デイ…」がB面ぽく見え損をしていた。イギリスでは逆だったんだけど。確かに、くろうと受けしてしまう曲ではある。それに、当時「恋を・・・」をステージで演るのはかなり無理があったろう。そして、次に書くようにジョンとポールのバランスもあったと思う。

☆「Baby's In Black}
この曲だけはなかなか見当がつかなかった。1965年のアメリカ公演で演奏していたのを、後から知ってはいたが。で、日本公演の曲目をじっと…

ジョンの主導権の曲が4曲。ポールの主導権の曲も4曲。ジョージが一曲。リンゴも一曲。もう一曲は・・・デュエットか。見栄えもしたしね。低くこもったまま「デイ・トリッパー」が終わった。すぐに次の「ベイビーズ・イン・ブラック」が始まる。確かに、僕はこの曲の間、ずっと、ジョンとポールが2人並んで一本のマイクに向かって歌い続ける姿だけを観ていた。望遠鏡でも、肉眼でも。
 
posted by 国王SUNKING at 16:32 | Comment(0) | B40さんのビートルズ日本公演

第四章

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「ボン…ギィーーイーーヨーーーーーン」フィード・バックを使ったあの音が鳴り響く。大歓声が上がる。みんな同じように、なにか物足りない思いをしていたのだろう。イントロのリフが始まると僕の膝がリズムを取り始めた。前列の女性たちも両手を振り上げ、おしりをドスドスと座席に打ち続け始めた。警官たちは、誰も手に何か持っているわけではないし、立ち上がっているわけでもないので、どうしようもなく、座っていた。

☆ほんとにこの曲は演ってくれて大感謝のその当時の日本でもメジャー扱いの大ヒット曲。なお、今発売されているLDは6月30日の公演のものであのフィード・バックは演っていないが、この7月2日の夜には演ったのだ。へっ、へっ。それと、マイクの首ふりも直っていた。

ジョージがマイクに向かう。「HELP…」また大歓声が上がる。「…LP」少しおさまる。「It's Called "Yesterday"」エレキ・ギターでのイントロが始まり、ポールが歌い出すと、それまで、耳をふさぎながら、周りを睨み付けたり、下を向いていた、通路の一番前に座っていた警官が顔をステージに向けた。そして、「イエスタデイ」の間中、ずっと見ていた。でも、僕は、ストリングスがないと、なんか間が抜けてるよな、と思いながら聞いていた。

☆でも、これまた演ってくれたことに何の依存もない、全米No.1の大ヒット曲。日本でもシングル・カットされ、当然大ヒット。しかし、なんと、B面だった。僕の周りの誰もが「???」A面は、当時日本で1番人気があったかもしれないリンゴの歌ではあったけど。

「This song quite simply…Ringo !」すかさず、ジョージがイントロを決める。再び大歓声がわきあがった。警官はまた下を向いてしまった。リンゴのファンの出番だった。ドラムに取り付けられたマイクをのばし、髪を揺らし、歌うリンゴは確かに魅せてくれた。演奏も乗りがいい。ジョンもポールもジョージも笑顔で楽しそうだ。一曲を通しての歓声量は、この曲が一番だったかもしれない。

☆リンゴはこれか「ボーイズ」だよね。「Thank you, Ringo」ジョンが声を掛ける。「1.2.3.…」「Nowhere Man」が始まる。歓声はひかえめだ。僕は個人的にはこの曲が大好きだ。「どこにもいない男」というタイトルがなんともいえずいいし、歌詞を一生懸命訳したりもした。でも、後から、日本公演で何の曲を演ったのかと聞かれたりした時、この曲を思い出すのはいつも、一番最後のほうになってしまう。大ホール向きの曲ではないのか、その当時の音響設備がこの曲を沈みこませてしまったのか…。今、の音響設備で、ジョン、ポール、ジョージが気を入れてハモってくれたら、僕は卒倒してしまうに違いないだろうが…。

☆全米3位まで上がったA面曲ではあります。そうそう、ちょっとズレるんだけど、'89年のポールのコンサートでポールが「Do You Wanna Dance ?」と言ったすぐ後に「キャント・バイ・ミー・ラブ」を始めた時、僕は年甲斐もなく、椅子から飛び上がってしまったっけ。

「New Record, maybe, Here, In Japan」「Paperback Writer…」今、ペイパーバックといえば、どんなものかみんなすぐ頭に浮かぶだろうけれど、その当時は誰にもピンとこなかった。苦し紛れか「三文作家」と訳した評論家もいたりした。僕らの仲間内でも「エコーがききすぎてるし、何歌ってるかわからない」と、親しまれにくく、評価も低かった。でも、ビートルズの最新ヒットだった。僕らはただ聞き続けた。
武道館でも、ポールの熱唱に歓声は低くなりはしなかった。

☆でも、全米No.1!この曲と「レイン」の評価は、この時すでに録音の終わっていた「リボルバー」の解剖が行われてから、定まった。なにしろ、シングル盤のジャケットには「レイン」の逆回しの部分の歌詞まで載っていたのだ。「Thank you very much, everybody. Thank you ! This next song, We have to be last song. This song called.…Goodbye ! This Evening !」

「You tell lies and I can't see…」
 
posted by 国王SUNKING at 16:30 | Comment(0) | B40さんのビートルズ日本公演

第五章

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「 Oh,Yes. I'm Down.…」
ポールの熱唱、「I'm Down」が終わりに近づいている。

これが最後の曲だということはわかっていた。新聞やニュースでさんざん知らされていたから。ポールの汗が望遠鏡を覗いて実際に見えたものか後から見た偶像が重ね合ってしまったものなのかはもう、今では判別出来なくなってしまっている…

ギターからコードプラグを抜きながら、ジョージが手を振っている。ポールが周囲におじぎをしている。そして、4人が後ろの階段を足早におりていってしまうのははっきりと覚えている。でも、その姿が日本のファンにとってどんな意味を持つのかはわかるはずもなかった。

「あーあ、終わっちゃった。でも、今日は最後の日だよな。今日ぐらいはアンコールをやってくれたって」と、僕は座っていた。武道館いっぱいの歓声もなかなかおさまらない。みんな、願っているのだ。もう一曲を。

でも、E.H.エリックが出てきてしまった。「楽しいビートルズのコンサートは…」武道館が一斉に、そして前列の女性達が悲鳴をあげる。「いやーっ!ポール!ポーーールぅ!戻ってきてぇーーー!」五人とも泣いている。

歓声がだんだんと引いていく。事故を防ぐという理由で、暗くなることのなかった照明と、客席のないアリーナがしだいに武道館を広く感じさせていく。

「ほら、終わったよ。帰って、帰って」警官の声だ。この声に周囲を見回すと、泣きながら立てずにいる女性たち、やはり名残惜しそうに座っている同い年ぐらいの男たちを警官達が次々と立たせている。

アンコールはないんだ。僕も席を立った。待ち合わせの場所にH18は先に来ていた。「JUN」のボタンダウンに「VAN」のコットンパンツ。その頃のおしゃれのステイタスだ。「VAN」と「JUN」を順番に着る…なんて冗談があったっけ。

「アンコール、やんなかったね」「うん、最後だから、やるかもしれないと思ったんだけどね」「うん、でも、音は思ったより聞こえたよね」「前奏が聞こえた瞬間全部わかったよ。全然聞こえないなんて、ビートルズの曲を知らないやつらの苦しまぎれさ」こんなことをしゃべりながら僕らは「九段下」の駅へ向かって歩いていった。

「ほら、ほら、立ち止まらないで!」「出口はこっちだよ!」警官達の怒鳴り声がまだ聞こえる。音楽の教科書に載るなんて、30年以上たっても(しかも、余りもので)チャートのNo.1を取るなんてその当時の誰も、もちろん僕らだって、考えつく訳なんてありゃしなかった。

THE END
「B40さんのビートルズ日本公演」の記事は_
 
posted by 国王SUNKING at 16:29 | Comment(0) | B40さんのビートルズ日本公演
※記事の内容は、筆者の勝手な思い込みもありますので、信じるも信じないも読む方の気持ち次第です。あまり深く考えないでください。